高野山の真言宗総本山金剛峯寺

真言宗総本山金剛峯寺は、天皇で唯一散骨を希望したとされる淳和天皇の異母兄嵯峨天皇から高野山を下賜された空海が、高野山全体に曼荼羅世界を実現する為に根本大塔や金堂など密教伽藍の建設を夢見た場所です。

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又、壇上伽藍には空海が帰国前に修験道場の場所を決める為に、日本へ向けて投げたとされる法具三鈷杵が引っ掛かっていた伝説の三鈷の松があります。
高地にある高野山は、994年の落雷の際には伽藍御影堂以外全焼、1149年の落雷の際には伽藍全焼など度々落雷を受け甚大な被害を受ける事が多く、その際には藤原道長や平清盛、豊臣秀吉など時の権力者達の手厚い援助で復興を遂げて来た経緯もあります。高野山は、密教伽藍や奥の院など歴史に触れながら見学するだけでなく、勤行や写経、阿字観という瞑想など僧の修行の一部を体験出来る真言宗の寺院が運営する宿坊が数多くあります。

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又、真言宗総本山金剛峯寺は、816年の開創以来1872年まで女性の立ち入りが厳しく制限する女人禁制を貫いて来た為、金剛峯寺への表玄関として九度山の雨引山麓に開創された万年山慈尊院や那智三山の妙法山の阿弥陀寺、役小角草創とされる宀一山の室生寺は女人高野と呼ばれ、女性にご利益があるとして親しまれています。



又、真田幸村親子が蟄居閉門していた事でも知られる九度山は、空海が月に九度ほど母に会う為に下山していた事から、慈尊院周辺を九度山と呼ぶ様になったとされています。